四日市環境再生まちづくり提言のつどいのオプションツアーという形で開催された現地見学会。
みずしま財団からも4名が参加しました。

まずは、石原産業の四日市工場を視察しました。

四日市市では、近年、この石原産業のフェロシルト投棄事件、大矢知産廃不法投棄事件、ガス化溶融炉の差止裁判などの廃棄物をめぐる問題が頻発しているそうです。この度、四日市環境再生まちづくりプラン検討委員会が取りまとめた「政策提言報告書」には、四日市公害は終わっておらず、廃棄物問題へと形を変えた公害問題が起こっていると指摘しています。

フェロシルトとは?酸化チタンの製造過程で排出される廃硫酸を原料にして製造・販売されていたリサイクル製品。土壌埋め戻し材として東海3県と京都府の約30箇所に埋設されましたが、土壌から環境基準を超えるふっ素や六価クロムが検出され、石原産業は製造・販売の停止と自主回収を表明しました。

回収したフェロシルトは、既に民間の処分場に搬入したものと一時的に工場で保管しているものに分かれます。その保管しているフェロシルトを見ましたが、ブルーシートがかぶせられところ狭しと置かれていました。非常に危険な物質なので、適正に処理されることが望まれます。こうしたことからも、まだまだ四日市では公害が終わっていないことを実感させられました。

次に、磯津という漁師町に行きました。認定患者を抱え、高齢化が進む磯津地区。ここは、水島の松江地区のように工場と住宅地が非常に近接しているところです。ここで、元漁師さんの話を聞きました。その方は公害患者さんで四日市公害訴訟の原告でもある方ですが、裁判をして勝ち、関係者がさまざまな調査等の取り組みをしているけど、「何もよくなっていない。」とおっしゃっていました。その非常に言葉が印象的で、深く考えさせられました。

また、ガイドをしてくださった四日市再生「公害市民塾」の澤井さんから、かつて磯津で子どもたちが夏にバスでスイミングスクールに通う姿を見て、「漁師町で近くに海があるに、これが開発の結果なのか」と思ったという話を聞きました。

それから、塩浜小学校に行きました。校舎の4階に上ると周辺が一望できます。一望するとこの小学校の児童や居住者が常に危険と隣り合わせであることがよくわかります。小学校は移転することができなかったわけですが、1日にうがいを何度もしなくてはならなかったり、かつては空気清浄機が各教室に設置されていたそうです。この開発によって、この地域の児童には大きな負担が強いられてきたことがよくわかりました。

最後に、四日市環境学習センターを見学しました。ここは環境問題に関する情報を発信したり、環境学習の機会を提供したりする拠点と位置づけられている施設です。ここには、四日市ならではの公害資料室というものがあります。市史編纂や市政100周年記念行事等で使用された公害に関する資料が展示されています。ただ、センターの管理は市外のNPOに任されており、市内で公害の記録を残す活動をしている団体との連携はあまり進んでおらず、公害経験がきちんと伝えられているのかが危惧されていました。

半日ではあったのですが、いろいろと貴重な体験をさせていただきました。この経験を水島の環境再生・まちづくりに活かしていけるようにしたいと思います。四日市市職労の皆さんをはじめ現地実行委員会の皆さんには、貴重な体験をさせていただき、心より御礼申し上げます。

なにわだ(来年の日本環境会議の大会は、水島で開催されます。みずしま財団が現地実行委員会の事務局を担当することになっています。四日市での成果を受け継いで、大会を成功させるべく準備を進めていく所存です。)